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 大正時代の奉公人

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■ 切子界の最長老・大友初次郎

明治以降の切子屋で働く人々の環境については、大正時代の江戸切子の奉公人の生活ぶりはどんなものだったのでしょう。動力が導入されたものの、厳しい師弟製の実態はあまり変わらなかったようです。

切子界の最長老・大友初次郎は明治34年、日立市に生まれました。大正元年、小学校を出ると、本所柳町にあった、山木兼吉の経営する硝子製造工場の中で枠借りをしていた湯元養吾の江戸切子に奉公に上がった。

親方の湯元兼吾は、品川硝子出の山口丸太郎の弟子で、腕利きの職人でした。初次郎が入門した頃は、街灯もまだガス灯が多く、山木硝子もランプ、ガスの火屋を中心に、わずかに小物食器も製造するという工場で、湯元の加工場では山木で作られるコップに切子細工を施していました。

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