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 職人の中の職人

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■ 近代切子界の大御所について

一昔前の職人と言えば、腕一本を看板に頑固で融通は利かないが義理と人情がものをいう世界で生活をしてきた人たちのことを指しました。そんな時代の切子職人を代表する人に大橋徳松と小林菊一郎がいます。

二人は師弟の関係にあって菊一郎は独立後、一時親方徳松と共に岩城硝子の中で加工場を並べて腕を競い、工芸硝子にも心血を注いだ大正から戦前までの岩城硝子の江戸切子を受け持ち、多くの格調の高いカットグラスを世に送り出しました。

しかも二人が育てた弟子たちはよくその手筋を守り、それぞれ独立を果たして同じように高級カットグラスを加工し、今日でも高い評価を得ています。

■ 徳松、菊一郎の優れた弟子たち

岩城硝子の高い品質管理の中で培われた技術はその弟子たちにも伝えられ、多くの腕利きの江戸切子職人が生まれて次世代を生きることになりますが、大橋徳松の弟子としては小林をはじめ喜多川彦太郎、栗原酉男、徳松の息子の正信らが出ています。

小林菊一郎の弟子には、その甥で高級カットグラスの問屋として知られ、東京・関西の一流料亭などにも製品を納める堀口硝子の創始者、堀口市雄のほか、松井今朝蔵、涌井亮などがいます。また子息で江戸期の切子技法を踏襲し、伝統の籠目、くもの巣、菊といった文様を器全体に切って総切子を施し、

格調高いオリジナルデザインで日本伝統工芸店などに次々と新作を発表し、切子作家の第一人者として活躍する小林秀夫もその1人でした。この二人には職人気質がよく現れた逸話も残っています。過去の作品などを見てどんどんデザインを学ぶといいです。まったくの素人はデザインの概論理解など根本を学ぶといいでしょう。

大徳松は下戸でしたが、周りに敵を作らない穏やかな人柄で、組合の集まりはもとより酒宴の席によもよく引き出されました。大正末から昭和はじめにかけて、発足間もない切子組合の理事長に押されたことからもその人がらが偲ばれるでしょう。

■ 徳松の技を受け継いだ小林菊一郎

昭和7年、菊一郎は猿江に自宅と加工場を持つようになりましたが、そのころはカットグラスの需要も多く、一部は岩城硝子と創業間もない江戸切子に弟子を分けて出張させたほどでした。また近くの岡本硝子や河合硝子とも取引され、その腕を見込まれた菊一郎はあちこちと引っ張りだこでした。

しかし昭和15,6年、対戦の足音と共に平和産業は徐々に切り捨てられるようになり、徳松同様、その仕事先は軍事関係に向けられることになったのです。